ヨーロッパとアメリカ

トロツキー/訳 西島栄

【解説】1926年2月15日に行なわれたこの演説は、「西方と東方」および「ヨーロッパとアメリカ」という2つの基軸を中心に展開されていた1920年代半ばにおけるトロツキーの世界情勢論、アメリカ論の一つの頂点をなすものである。トロツキーは、1905年革命の敗北後にヨーロッパに再度亡命したが、その2度目の亡命期において、第1次世界大戦のせいで住みなれたウィーンからチューリヒ、その後フランスに行き、その後スペインを経てアメリカへと亡命地を転々とすることになった。新大陸に渡ったトロツキーはそこで最新の資本主義が支配しているアメリカという巨人を直接見聞することができた。それはトロツキーにとって巨大な衝撃であった。『わが生涯』の中でトロツキーはニューヨークに初めて到着したときの感想を次のように書いている。

「私は、資本主義的オートマティズムの散文的なおとぎの都市、ニューヨークにいた。街頭ではキュービズムの美学理論が君臨し、中心部ではドルの道徳哲学が席巻していた。ニューヨークは私にある種の畏敬の念を呼び起こした。なぜならそれは、現代という時代の精神を最も完璧に体現していたからである」。

 トロツキーはアメリカでさっそく『ノーヴィ・ミール』という国際主義派の社会主義新聞の編集部に入って文筆活動や集会や演説を精力的にこなしていくが、同時に、図書館に盛んに出入りして、アメリカという国を学ぼうと努力した。同じく『わが生涯』の中でトロツキーはこう述べている。

「ニューヨークの図書館で、私はアメリカ合衆国の経済状況について熱心に勉強した。戦中におけるアメリカの輸出の劇的な増大を示す数字は私を驚愕させた。それは私にとって真の啓示だった。この数字は、アメリカの参戦を予示していただけでなく、戦後にアメリカが決定的な世界的役割を果たすことをも予示していた。私は当時すでにこのテーマについて一連の論文を書き、いくつかの報告を行なった。それ以来、『アメリカとヨーロッパ』という問題はけっして私の関心領域から離れることはなかった。今でも私は、この問題について研究し、それについての著作を書きたいと思っている。人類の来たる運命を理解するうえで、このテーマ以上に重要なものはない」。

 トロツキーのアメリカ滞在はわずか2ヶ月ちょっとで終わった。ロシア革命が勃発したからである。だが、この短い滞在期で得たものは巨大だった。トロツキーはコミンテルンの指導者として、あるいはロシア共産党および赤軍の指導者として、アメリカ問題について持論を展開することになる。なかでも、この演説は、アメリカで1920年代に急速に発達し始めたフォード主義についていち早く注目し、それが持つ巨大な潜在的可能性を的確にとらえている。コミンテルンの中で最も早くフォード主義(単なるテーラー主義ではなく)に注目したのは、おそらくアメリカ共産党であろうが、国際指導者の中で最も早く注目したのはトロツキーであった。後にブハーリンもフォード主義に関心を抱くが、この2人がともにアメリカに同時期に亡命していたことがあるのは、おそらく偶然ではあるまい。

 この演説は、同年3月2〜5日号の『プラウダ』と『イズベスチヤ』に分割掲載された後、この演説の中でも言及されている1924年の演説「世界発展の展望の問題に寄せて」といっしょに、1926年半ばに『ヨーロッパとアメリカ』という題名のパンフレットとして出版され、このパンフレットは同時期にヨーロッパの主要言語に翻訳されて普及している。

 ちなみに、グラムシは、刺激的な題名のついたこのパンフレットにいち早く注目し、彼が編集していた『ウニタ』の1面にこの小冊子のことについて大きく取り上げ、その一部を訳出している。後にグラムシは、『獄中ノート』でアメリカニズムとフォーディズムの問題を最も重要なテーマの一つとして取り上げ、それを多面的に考察するが、その考察の中には確実に、トロツキーのこの演説を読んで学んだ跡が見て取れる。

 今回、アップするにあたって、詳細な注を追加しておいた。

Л.Троцкий, Европа и Америка, Европа и Америка, Мос.-Лен., 1926.


  1、労働運動の2つの極――協調主義の完成されたタイプ

  2、協調主義の基礎としてのアメリカ合衆国の経済力

  3、アメリカとヨーロッパの新しい役割

  4、アメリカ合衆国の帝国主義的膨張

  5、平和主義と混乱について

   6、アメリカ平和主義の実際

   7、ヨーロッパ貧本主義に出口はない

   8、資本主義は生命力を使い果たしたか?

   訳注


 

労働運動の2つの極――協調主義の完成されたタイプ

 同志諸君、現代の世界の労働運動には2つの極があり、この2つの極が、歴史に前例がないほど明瞭に世界の労働者階級の2つの基本的傾向を示している。1つは革命の極であり、わが国に存在している。もう1つは協調主義の極であり、北アメリカ合衆国に存在している。この2、3年のアメリカ労働運動に見られるような改良主義の完成された形態と方法、すなわちブルジョアジーとの妥協の政治は、これまでまったく存在しなかったものである。

 階級的妥協の政治は過去にも見られた。われわれはそれを歴史の目で見てきたし、またわれわれ自身の目で見てきた。戦前における最も完成された日和見主義は、古い保守的なイギリス労働組合主義(トレード・ユニオニズム)の完成した形態を生み出したイギリスにおいて見られた、とわれわれは考えていた。そしてそれは過去においては正しかった。しかし現在、古典時代の、正確には19世紀後半のイギリス労働組合主義の、現在のアメリカ日和見主義に対する関係は、手工業生産の、アメリカ式工場に対する関係と同じであると言わなければならない。合衆国において、今日、いわゆる「カンパニー・ユニオン」(会社組合)――すなわち、トレード・ユニオン(労働組合)とは異なって、労働者だけでなく経営者をも、より正確に言えば両者の代表をその手中に統合している組織――の広範な運動が存在している。換言すれば、ギルド的生産組織の時代に生じ、その後に消滅した現象が、現在、最強の資本主義国で前例のないまったく新しい形態を帯びて現れているのである。たぶん、ロックフェラ−(1)が戦前すでにこの運動の創始者であったと思う。しかし、この運動はつい最近になってはじめて、つまり実質的には1923年以降、北アメリカの最も巨大なコンツェルンに広がった。労働貴族の公式の労働組合組織であるアメリカ労働総同盟(AFL)は、この運動に、すなわち労働と資本の利益の一致を完全かつ徹底的に承認し、したがって最も差し迫った課題のための闘いにおいてさえプロレタリアートの独立した階級組織の必要を認めないこの運動に、あれこれの条件つきで参加したのである。

 それと並んで、現在、合衆国では、労働者相手の預金銀行や保険協会が発展している。そこでは、労働者の代表と資本の代表が隣り合って腰をかけている。アメリカの賃金が高い満足を保障しているという認識は、言うまでもなく極端に誇張されたものである。しかしながら、いずれにせよこの賃金は上層労働者による一定の「貯蓄」を可能にしている。そこで資本は、労働者預金銀行を介してこの貯蓄をかき集め、労働者がその賃金をさいて貯蓄しているのと同一の工業部門の企業に投資する。こうして、資本は共同で自らの運転資金を増大させ、そして何といっても産業の繁栄に対する利害関係を労働者にもたせている。

 AFLは、労働者の利害と資本家の利害の完全な一致にもとづいた賃金のスライディング・スケール制――つまり貸金は労働生産性と利潤に応じて変化しなければならない――導入の必要を認めてきた。こうして、資本と労働の利害の一致という理論は実践において確立され、国民所得を享受する際の「平等」の外見がつくり出される。このようなものがこの新しい運動の主要な経済的形態である。われわれは、この運動を注意深く観察し理解しなければならない。ゴンパース(2)を指導者とし、その名前と結びついているAFLに関して言えば、それはこの数年間にそのメンバーの大部分を失った。現在、そのメンバー数はせいぜい280万程度であり、合衆国の工業、商業、農業における雇用労働者が少なくとも2500万人いることを考慮するなら、それはアメリカ・プロレタリアートの取るに足らないパーセンテージを占めるにすぎない。しかし、AFLはそれより多くのメンバーを必要としない。大衆闘争によってでなく、資本と労働の協調によってすべての問題を解決するという考えがAFL自身の公式の教義である以上、そしてこの考えが「カンパニー・ユニオン」のうちにその最高の表現を見出した以上、労働組合は、階級全体の名において行動する、労働者階級の貴族的上層部の組織に帰着することができるし、帰着しなければならないのである。

 協調主義は、工業と金融の分野(銀行、保険協会)に限定されてはいない。それは国内政治と国際政治の領城に完全に移植された。AFLと、それが緊密に結びつき直接間接に寄りかかっている新しいカンパニー・ユニオン、すなわち2階級組合とは、社会主義に対して、そして一般にヨーロッパの革命的教義――連中は第2インターナショナルやアムステルダム・インターナショナルの教義をもそこに含めている――に対して、断固たる闘争を遂行している。AFLは、「アメリ力人のためのアメリカ」というモンロー主義(3)を、「われわれは君たちヨーロッパの大衆に教授したいし、そうすることができるが、君たちはわれわれのことに口出ししてはならない!」と解釈することによって、このモンロー主義を新たな形で自分たちのために利用している。そしてこの点では、AFLはブルジョアジーを模倣しているにすぎない。以前にアメリカ・ブルジョアジーが「アメリカ人のためのアメリカ、ヨーロッパ人のためのヨーロッパ」と教えたのとは異なって、今日のモンロー主義は、アメリカの問題に対する他国の干渉を禁じ、世界の他のすべての部分に対するアメリカの干渉をどんな場合でもけっして禁じないということしか意味していない。アメリカ人のためのアメリカ、だがヨーロッパもまたアメリカ人のために!

 AFLは現在、汎アメリカ連盟、すなわち南アメリカにまで拡大し北アメリカ帝国主義のためにラテン・アメリカヘの道を切り開く組織を創設した。ニューヨークの証券取引所にとって、これ以上の政治的道具はないだろう。しかしこのことは、南アメリカ人民を窒息させている北方帝国主義に対する南アメリカ人民の闘争が、同時に汎アメリカ連盟の退廃的影響に対する闘争にもなるだろうということを意味している。

 ゴンパースがつくった組織は、ご存知のように、アムステルダム・インターナショナルの外にとどまっている。AFLにとって、アムステルダム・インターナショナルは没落しつつあるヨーロッパの組織であり、革命的偏見にあまりにも毒された組織である。しかし周知のように、アメリカ資本が国際連盟の外にいても、アメリカ資本が国際連盟を操縦する糸を握る妨げにはけっしてならないように、AFLがアムステルダム・インターナショナルの外にいるという事実は、それがアムステルダム・インターナショナルの反動的官僚を自分の後に従えることをけっして妨げはしない。したがって、ここでもわれわれは、クーリッジ(4)の仕事とゴンパースの後継者の仕事との間に完全な平行性を見いだすことができる。アメリカ資本がドーズ案(5)を実施した時、AFLはそれを支持した。世界のあらゆるところで、AFLはアメリカ帝国主義の権利と要求のために闘っており、したがって、何よりもソヴィエト共和国に対して闘っているのである。

 これは、より高度なタイプの新しい協調主義であり、最後まで行き着いた協調主義であり、またカンパニー・ユニオンや労資共同の銀行や保険協会のような「間階級的」機関の中で組織的に確立している協調主義である。この協調主義はたちまちアメリカ的スケールにまで発展した。経営者との対等の原則にもとづいた、あるいは上院・下院の形式等にならった工場委員会を組織することを請け負う資本主義大企業さえ設立された。協調主義にとってある一定の規格が確立し、それは資本主義大企業を通して機械化され作動している。これは純粋にアメリカ的現象であり、労働者階級の隷属を自動的に確立する協調主義の一種の社会的コンベア―である。

 

2、協調主義の基礎としてのアメリカ合衆国の経済力

 なぜ資本はこの協調主義を必要とするのかと問う者がいるかもしれない。アメリカ資本の現在の力とその力から発生してくる目論見を考慮する時、その答えは自ずから明白である。アメリカ資本にとって、アメリカはもはや閉鎖的な活動舞台ではなく、巨大な規模で新事業を行なうための本拠地である。そこでアメリカ・ブルジョアジーは、海外においてより確実に拡張するために、最も完全で完成された形態の協調主義によって、この本拠地における自己の安全を確保しておかなければならないのである。

 別の問いも可能である。合衆国が参加した帝国主義戦争の後、その戦争によってすべての国の勤労者があらゆる重大な経験を得た後、そして20世紀の第2・4半期が始まる今日、この規格化された協調主義を実現することがどのようにして可能だろうか? いったいどのようにして? この問いに対する答えは、過去に比類なきアメリカ資本の力に見い出されるべきである。

 ヨーロッパのさまざまな地方において、そして世界のさまざまな部分において、資本主義制度は少なからぬ実験を行なってきた。人類の全歴史は、族長制から奴隷制、農奴制、資本主義に至る労働の社会的組織を創出し、改造し、改良し、向上させようとする試みの絡み合った鎖として見ることができる。歴史が最も多くの経験や実験や試みを遂行したのは資本主義制度においてである。そしてそれは、ヨーロッパで最も早くから行なわれ、最も多様であった。しかし、最も巨大で最も「成功した」試みは北アメリカで見られる。考えてもみたまえ、アメリカが発見されたのは15世紀の終わりごろであり、その時すでにヨーロッパは豊かな歴史を経た後だったのだ。16世紀、17世紀、そして18世紀においてさえ、また19世紀の大部分においても、合衆国は、ヨーロッパ文明のパンくずによって養われる遠くの自足的世界であり、巨大な辺境地帯であった。それにもかかわらず、そこでは「無眼の可能性を持った」国が形をなし、発展していった。そこでは自然が力強い経済的繁栄のためのあらゆる条件を形成していた。ヨーロッパは、その住民のうち生産力の発展にとって最も覚醒し素養のある鍛えられた分子を次々と大洋の向こう側に送り出した。宗教革命や政治革命の性格を持ったヨーロッパのすべての運動は何を意味したか? これらの運動は生産力の発展を妨げた封建制と聖職者の古いがらくたに対する最初は小ブルジョアジーの、次には労働者のより先進的分子の闘争を意味した。ヨーロッパから追放されたものが大洋を越えた。ヨーロッパ諸国の精華、何としても自分の道を切り開くことを望んだ最も活動的な分子が、歴史のがらくたが存在せず、無尽蔵の豊かさを持った未開拓地が広がる環境に行きついた。ここに、アメリカの発展、アメリカの技術、アメリカの富の基礎がある!

 無尽蔵の自然に不足していたのは人間だった。合衆国で最も貴重なものは労働力だった。このことから労働の機械化が生した。コンベア―原理は偶然にできた原理ではない。そこには、人間を機械的手段で置きかえ、労働力を高め、物を自動的にあちこち運んだり上げ降ろししようとする志向が表現されている。こうしたすべてのことを、人間の背中でなく、はてしなく続くベルト・コンベア―がしなければならない。これがコンベア―原理である。エレベーターはどこで発明されたか? アメリカである。穀物袋を背にかつぐ人間がいらぬようにするためである。ではパイプラインは? 合衆国には、今や10万キロメートルものパイプラインが存在する。これはすなわち液体用コンベア―である。最後に、工場内の運搬のためのはてしなく続くベルトコンベア―があり、誰もが知っているように、その最も高度な形態がフォード(6)の組織である。

 アメリカには徒弟制度というものがほとんどない。労働力が貴重なので、徒弟を訓練する時間を費やすことができない。徒弟制度は、訓練を必要としない、またはほとんど必要としない最小部分に労働過程を分割することに取って代わられた。それでは、労働過程の各部分を誰が一つにまとめるのか? はてしなく続くベルト・コンベア―である。それはまた教師としての役割も果たす。南ヨーロッパやバルカン諸国、ウクライナからきた若い農民は、作業しているうちに、ほんの短期間で産業労働者につくり変えられるのである。

 大量生産も、規格化と同様にアメリカの技術と結びついている。上流階層用の、または個人的嗜好に合った等々の生産物や品物はヨーロッパではるかに良いものが生産される。高級のラシャはイギリスが供給する。宝石類、手袋、香水類などはフランスが供給する。しかし、巨大市場向けの大量生産の問題になると、アメリカはヨーロッパをはるかにしのぐ。まさにそれゆえ、ヨーロッパの社会主義はアメリカの技術を学ぶであろう。

 アメリカ政府の中では経済方面の最も権威ある人物たるかの有名なフーヴァー(7)は、工業製品の規格化に向けての大仕事を進めている。彼はすでに一定の規格にもとづいた消費物資の生産のために大コンツェルンと数十もの契約を結んでいる。ちなみに、その規格化された消費物質の中には乳母車や棺桶もある。それゆえアメリカ人は規格の中で生まれ、規格の中で死ぬということがわかる(笑い、拍手)。その方が便利なのかどうか私は知らないが、40パーセントは安いのである(拍手、笑い)。

 その出自が移民であるおかげで、アメリカの住民のうちの労働可能人口は、間違いでなければ45%ほどヨーロッパの住民よりも多い。まず何よりも、年齢比が異なっているからである。そのため、全国民がより生産的になっている。この生産性係数は、個々の労働者のより高い生産性によってさらに増幅される。労働過程の機械化とそのより適切な編成のおかげで、アメリカの坑夫はドイツの坑夫の2・5倍の石炭と鉱石を採取している。アメリカの農業労働者はヨーロッパの農業の2倍も生産している。その結果は見ての通りである。古代アテネ人についてこう言われていた。すなわち、彼らのそれぞれに4人の奴隷がいたので、彼らは自由民であった、と。合衆国の住民はみな、それぞれ50人の奴隷、ただし機械の奴隷をもっている。すなわち、馬力を人力に換算して機械の動力を計算するならば、乳飲み子も含めたアメリカ市民は、それぞれ機械の奴隷を50人もっているという数字が得られるということである。このことは、もちろん、アメリカ経済が生ける奴隷、すなわち雇用プロレタリアに依拠することを妨げない。

※原注 昨年、私は41人という数字を挙げたが、それはおそらくすでに古くなってしまった。統計は50人という数字を示している。

 合衆国の年間国民所得は600億ドルに達する。600億ドル、すなわち1200億金ルーブルという数字を読んで書いてみたまえ! 年間貯蓄、すなわちすべての必要支出を支払った後に残る額は、総計で60億から70億ドル、すなわち約140億金ルーブルである。私はその際、ただ合衆国のみを、すなわち古い教科書で合衆国と呼ばれている地域のみを念頭に置いている。ところが実際には、合衆国はもっと大きく、もっと豊かである。イギリス国王にこう言っては申し訳ないが、カナダは合衆国の構成部分である。合衆国商務省の年次報告を取り上げるなら、そこではカナダとの貿易が国内貿易に入れられ、カナダは慇懃かついくぶん曖昧に合衆国の北方への延長であると(笑い)――国際連盟の同意もなしに――称されている。この点について合衆国は、国際連盟に許しを乞いはしなかったが、それには十分な理由があった。つまり、合衆国にはこの「ザークス」(8)は必要でなかったのである(笑い、拍手)。

 経済の引力と反発力はすでにほぼ自動的に作用している。イギリス資本はおそらくカナダ産業の10%も占めていないだろう。それに対して北アメリカ資本はカナダ産業の3分の1以上を占めており、この比率は不断に上昇している。カナダのイギリスからの輸入総額は1億6000万ドルであるのに対し、アメリカからの輸入総額ははとんど6億ドルにものぼる。だが25年前には、イギリスからの輸入総額は合衆国からの輸入総額の5倍だったのだ。カナダ人の圧倒的多数は自分をアメリカ人であると考えているが、――まったく皮肉なことに!――、フランス語圏の住民は例外で、自分を完全にイギリス人であると考えている(笑い)。オ−ストラリアもカナダと同じ進化をたどっているが、後者よりも立ち遅れている。オーストラリアは、海軍で自国を日本から防衛してくれ、この防衛をより安上がりに果たしてくれる国の側に立つだろう。この競争においても、近い将来におけるアメリカの勝利はすでに保証されている。いずれにせよ、合衆国とイギリスの間に戦争が効発するならば、「英国自治領」であるカナダは、イギリスに敵対し、合衆国のために人力と食料を供給する貯蔵所の一つとなるだろう。この機密については、われわれと諸君を除けば…3人の政治的人物が知っている。アメリカ合衆国、イギリス、カナダがそれである(笑い)。

 以上のようなものが、合衆国の物質的力の主要な特徴である。他ならぬこの力のおかげで、アメリカは、「プロレタリアートを服従させておくために上層労働者を養え」というイギリス・ブルジョアジーのかつての実践をならうことができるのであり、それをイギリス・ブルジョアジーが想像もできなかったはどの完成の域にまで持っていくことができるのである。

 

3、アメリカとヨーロッパの新しい役割

 この数年間で、世界の経済的軸は決定的に移動し、合衆国とヨーロッパとの相互関係は根本的に変化した。これは大戦の結果であった。もちろん、この変化はずっと前から準備されていたし、以前からそれを示す兆候があった。しかし、それはほとんどつい最近になって、既成事実としてわれわれの上に降りかかってきたのであり、われわれは今、人類経済の領域に生じ、したがって人類文化の領域に生じたこの巨大な移動を明瞭に理解するよう努めている。

 このことに関連して、ドイツのある作家がゲーテの言葉を思い起こしている。太陽が地球の周りを回っているのではなく、中規模のつましい惑星である地球が太陽の周りを回っているのだというコペルニクスの理論が同時代人に与えた筆舌につくしがたい印象を描いたゲーテの言葉である。多くの人が信じなかった。信じたくなかったのだ。彼らの地球中心主義的愛国主義は傷つけられた。そして現在、アメリカについて同じことが言える。ヨーロッパのブルジョアは、自分が後景に退けられたということ、資本主義世界の主人が北アメリカ合衆国であるということを信じたくないのだ。

 私はすでに、経済力の巨大な世界的移動を準備した主要な自然的および歴史的原因について指摘した。しかし、一挙にアメリカを引き上げ、ヨーロッパを引き下げ、世界の基軸の急激な移動を白日のもとにさらすためには戦争が必要だった。ヨーロッパを破滅させ衰退させる事業であった世界大戦は、アメリカにとっておよそ250億ドルの費用がかかった。現在、アメリカの銀行が600億ドルの現金を保有していることを想い起こすならば、250億ドルという金額はそれほど大きなものではない! これと並んで、100億ドルがヨーロッパに貸し付けられた。未払い利子を加えると、この時以来この100億ドルはすでに120億ドルになっており、ヨーロッパは自分自身の破壊の代金としてこの金額をアメリカに返済し始めている。

 同志諸君、これこそが、合衆国を全世界の上にその運命の支配者として一挙に押し上げることを可能にしたメカニズムである。1億1500万の人口を待つこの国は、文字通りヨーロッパの裁判官であり、管理人である。もちろん、われわれを除いて。まだ、われわれの番は回ってきていないし、われわれはそれがやってこないことをしっかりと知っている(拍手)。だが、ヨーロッパからわが国を除いても、まだヨーロッパの人口は3億4500万人残っており、それはアメリカの人口の3倍である。

 役割の新しい相互関係は富の新しい相互関係によって規定されている。諸君もご存知のように、国富の算定はさほど正確なものではない。とはいえ、われわれの目的にとっては大ざっぱな数字で十分である。50年前の普仏戦争の頃のヨーロッパとアメリカ合衆国を取り上げてみよう。その当時、合衆国の富は300億ドルと算定され、イギリスの国富はおよそ400億ドル、フランスは330億ドル、ドイツは380億ドルと見積られていた。ご覧のように、これら4つの国の水準の違いはさほど大きなものではなかった。どの国も300億ドルから400億ドルもっていたのであり、しかも、これらの最も富んだ4大国のうちで最も貧しかったのは合衆国だった。これが1872年である。ところが、半世紀後の現在、状況はどうであろうか? 今日、ドイツは――それをしかるべき国境内で取り上げるならば――1872年よりも豊かにではなく貧しくなり(360億ドル)、フランスはおよそ2倍豊かになり(680億ドル)、イギリスも同様(約890億ドル)である。だが、合衆国の国富は現在、控え目にみても3200億ドルと評価されている(会場がざわめく)。したがって、私が挙げたヨーロッパ諸国のうち、一つは以前の水準に逆戻りし、他の2国は富を2倍にしたが、合衆国は同じ期間に11倍も豊かになったのだ! まさにこういうわけで、合衆国はヨーロッパの破壊のためにたったの150億ドルしか費やさずに、その目的を完全に達成したのである。

 戦前、アメリカはヨーロッパの債務者であった。戦前、ヨーロッパは世界の主要な工場であった。ヨーロッパは世界の主要な商品倉庫であった。最後に、ヨーロッパ、とりわけイギリスは世界の中央銀行だった。ヨーロッパのこれら3つの指導的役割はすべてアメリカに移った。ヨーロッパは後景に追いやられた。世界の主要な工場、主要な商品倉庫、世界の主要な銀行――それは合衆国である。金は、ご存知のように、資本主義社会で何がしかの意義をもっている。ウラジーミル・イリイチは、社会主義のもとでわれわれは金である種の卑近な施設[公衆便所のこと]を建設するだろうと書いた。しかし、これは社会主義のもとでのことである。だが資本主義のもとでは、金で満たされた銀行の地下室ほど高級な施設はない。この点で、アメリカはどうであろうか? 戦前、アメリカの金準備は――私が間違ってなければ19億ドルであったが、1925年1月1日時点で合衆国は45億ドルの金、すなわち世界の金準備のおよそ50%を保有していた。そして今日では、60%を下らない金を保有している。

 さて、アメリカがその金準備を世界の60%にまで引き上げているまさにその間に、ヨーロッパでは何が起きていたか? ヨーロッパは衰退しつつあった。ヨーロッパ資本主義にとって民族国家の狭い枠組みが耐えがたいものになったために、ヨーロッパは戦争に投げ込まれた。資本は、この枠組みを拡大し、自分のためにより広大な舞台をつくろうとした。その際、最も激しく攻撃を仕掛けたのは最も進歩的なドイツ資本であった。ドイツ資本は、関税障壁を取り払うことによって「ヨーロッパを組織すること」を自己の目的としていたのである。

 で、結果はどうだったか? ベルサイユ講和条約にしたがって、ヨーロッパにおよそ17の新たな国家と領土が追加された。ヨーロッパに7000キロの新しい国境線とそれに応じた数の新しい関税障壁、そしてこのすべての関税障壁の両側に哨所と軍隊とがつけ加えられた。現在、ヨーロッパには戦前より100万人も多くの兵士がいる。このようなことを「達成」する途上で、ヨーロッパは自らの膨大な物質的価値を破壊し、そして没落し貧窮化したのである。それだけではない。ヨーロッパのすべての不幸の代償として、経済的荒廃の代償として、貿易の障害となる無意味な新しい関税障壁の代償として、新しい国境と新しい軍隊の代償として、これらすべての代償として、ヨーロッパの分裂、荒廃、衰退の代償として、戦争とベルサイユ講和の代償として、ヨーロッパは合衆国に戦債の利子を支払わねばならないのである。

 ヨーロッパは貧乏になった。ヨーロッパが加工する原料の量は戦前よりも少なくとも10%滅少した。ヨーロッパが世界経済に占める比重は何分の一にも小さくなった。今日のヨーロッパで唯一変らないこと、それは失業である。そして驚くべきことに、ブルジョア経済学者たちは救いを求めて、古文書の中から本源的蓄積の時代の最も反動的な理論を掘り出している。この経済学者たちは失業の救済策を再びマルサス主義(9)と移民に見いだす。資本主義が発展しつつあった最良の数十年間においては、勝ち誇る資本主義にこのような理論は不必要であった。しかし、年老い、もうろくし、動脈硬化に侵されている資本主義は、思想的には幼年期に回帰し、昔のまじない師の処方箋を復活させるのである。

 

4、アメリカ合衆国の帝国主義的膨張

 アメリカ合衆国の力とヨーロッパの弱体化から、世界の力と市場と勢力圏の再分割が不可避となる。北アメリカは膨張し、ヨーロッパは収縮を余儀なくされる違いない。まさにここに、資本主義世界で起こっている基本的な経済的過程の合力がある。合衆国は世界のあらゆる場所に進出し、いたるところで攻勢に出ている。合衆国はそれを厳密に「平和主義」的に行なっている。すなわち、これまでのところまだ武力を用いることなく、そして、中世の神聖な宗教裁判が異教徒を火あぶりする時に言ったように言えば、「血を流すことなく」行なっている(笑い)。

 アメリカは平和的に膨張している。なぜなら、アメリカの敵対者は、この新しい力を前にして、事態が公然たる衝突にまで至らないように、歯ぎしりしながら後退しているからである。ここに合衆国の「平和主義」的政策の基礎がある。合衆国の主要な武器は現在、金融資本であり、その中軸をなしているものこそ90億金ルーブルの金準備である。これは、世界のすべての諸地域に対する、とりわけ没落し使い果されたヨーロッパに対する恐るべき破壊力である。あれこれのヨーロッパ諸国に借款を与えるか拒否するかが、多くの場合、その国の政権党の運命のみならず、ブルジョア体制全体の運命をも決する。これまで合衆国は、他の諸国の経済に合計で100億ドル投資した。このうち、20億ドル以上がヨーロッパである。それとは別に、以前にヨーロッパを破壊するために与えた100億ドルもある。今では、ご存知のように、ヨーロッパを「復興」するために借款が与えられている。この2つの目的は相互に補完しあっており、破壊につく利子も復興につく利子もまさにあの同じ金庫に流れている。合衆国はラテンアメリカの経済に最大の資本を投下してきた。そして経済的な意味でラテンアメリカはますます北アメリカの領土になっている。南アメリカの次にアメリカの信用供与を受けている国がカナダであり、カナダの次にようやくヨーロッパがくる。世界の他の部分が受けとった借款はそれよりもずっと少ない。

 100億ドルという金額は、アメリカの持っている力からすれば、徴々たる額である。しかし、この金額は急激に増加しており、このプロセスを理解するには、その発展のテンポを考慮に入れることが最も重要である。戦後の7年間を通じて合衆国は外国に約60億ドル投資し、そのおよそ半分がこの2年間に与えられた。そのうえ1925年の投資は24年よりはるかに多かった。

 戦争の直前まで、合衆国はまだ外国資本を必要としていたし、ヨーロッパから資本を導入し、自国の工業に投資していた。アメリカの生産力の成長は一定の段階で金融資本の急連な形成をもたらした。水を加熱すると、水が蒸気になる前に大量の熱エネルギーが潜在的な状態になるのと同じで、ここでも、資本が「蒸発」して流動的な気体状の金融資本になる前に、大規模な資金投資と物的設備の大規模な拡大が必要になる。しかし、いったんこの過程が合衆国で始まるや、それはすさましいテンポで進行する。ほんの2、3年前(わずかな期間だ)には予測することしかできなかったことが、今ではわれわれの目の前でまったく驚くべき現実として進行している。だが、本格的な過程はまだこれから始まるにすぎない。世界征服をめざすアメリカ金融資本の進軍は、昨日でもなければ今日でもなく、明日の事態なのだ。

 きわめて意味深長なことに、昨年、アメリカ資本はヨーロッパヘの貸し付けを政府から産業へとますますシフトさせた。その意味は明白である。つまり「われわれは諸君にドーズ体制を与えた。われわれはドイツやイギリスで通貨を立て直す可能性を与えた。われわれは一定の条件さえあれば、フランスにおいても喜んでそうするだろう。しかし、われわれにとって、それは目的のための手段にすぎない。われわれの目的は、諸君の経済を手中に収めることだ!」ということである。

 私は、最近、ドイツの新聞――冶金業の機関紙――『デル・ターク[時代]』で「ドーズかディロンか」と題された記事を読んだ。ディロンは、アメリカ金融界がヨーロッパに派遣する予定の新しい傭兵隊長(侵略者)の一人である。イギリスはセシル・ローズ(10)を生んだ。彼はイギリス最後の壮大な植民地冒険家であり、南アフリカに新しい国を建設した人物である。このセシル・ローズのような人物が、今ではアメリカに生まれつつある。ただし南アフリカ向けにではなく中央ヨーロッパ向けに、である。ディロンの任務は、ドイツの冶金業を安い価格で買い上げることである。彼はこの目的のために5000万ドルを集めた。たったこれだけである。――現在ヨーロッパは安く売られているのだ。そしてこの5000万ドルをポケットに入れたディロンは、ドイツ、フランス、ルクセンブルクの国境のようなヨーロッパの何らかの障壁を前にして立ち止まったりはしない。彼は石炭と鉄を結びつけなければならない。彼は、集中化されたヨーロッパ・トラストの創設を望んでいる。彼は政治的地理にわずらわされはしない。彼はそれについて知らないとさえ私は思っている(笑い)。それがどうだというのだ? 現在のヨーロッパにおいては、5000万ドルはどのような地理よりも値打ちがある(笑い)。

 彼の意図は、中央ヨーロッパの冶金業を統一し、次にそれを、ガリを頂点に戴くアメリカ鉄鋼トラストに対抗させることであると言われている。したがって、ヨーロッパがアメリカの鉄鋼産業トラストに対して「自衛」している時には、実際にはこの2匹のアメリカの大ダコがお互いに争っている――ある時点でヨーロッパのよリ計画的な搾取のために団結するだろうが――ことがわかるのである。まさにこうしたわけで、ドイツ冶金業の新聞は「ドーズかディロンか」を論じているのだ。選択はこの範囲に制限されており、第3の対案はない。では、いったいどちらにしたがうべきか?

 ドーズは頭のてっべんからつま先まで武装した債権者である。彼との会話は短い。しかしディロンはそれでも、ある種のパートナーである。確かに、まったく特殊なタイプのパートナーではあるが。ことによると彼はわれわれを締め殺さないかもしれない…。この論文は次のような注目すべき文章で締めくくられている。「ディロンかドーズか、それは1926年のドイツにとって死活の問題である」と。アメリカ人は、ドイツで最も重要な4大銀行、いわゆる「D」銀行(11)の一つを支配するのに必要な株式をすでに確保している。ドイツ石油産業は明らかにアメリカのスタンダード・オイル社につきしたがっている。かつてドイツの全社が保有していた亜鉛鉱山はハリマン社の手に渡った。ハリマン社は、その結果、全世界市場における亜鉛鉱の独占的支配を手にした。

 アメリカ資本は大がかりな仕事もするし、こまごまとした仕事もする。ポーランドでは、アメリカとスウェーデンのマッチ・トラストが最初の準備的措置を講じている。イタリアでは事態ははるかに進んでいる。アメリカの会社がイタリアの会社と調印した契約は非常に興味深い。イタリアは、近東の市場をいわば受け待っている。合衆国はイタリアに半製品を供給し、イタリアがその半製品を東方の消費者の趣向に合わせる。アメリカは小さなことに煩わされる時間はない。アメリカは規格にしたがって仕事をする。そして、大洋の向こう側の大国の請負人がアペニン山脈の職人のもとにやってきて、さあ「必要なものは全部ここにある。アジア人の趣向にあうように色や油を塗りなさい」と言うのである。

 フランスでは事態はまだそこまで行っていない。フランスはなおふんばって強がっている。しかしいずれ事態はそこまでいくことだろう。フランスは通貨を安定させなけれ ばならない。だがこれは、アメリカの首輪をはめることを意味する。いずれの国も、アンクル・サム(アメリカ)の窓口で自分の番を待っているのである(笑い)。

 このような状況を確保するために、アメリカはいくら費やしたか? 今のところ、ほんのわずかな額である。私はすでに数字を挙げておいたが、戦時借款を計算に入れないで、海外投資は100億ドルである。ヨーロッパが受け取ったのはたった115億ドルであるにもかかわらず、すでにアメリカはヨーロッパにおいて、わが家にいるがごとく主人顔でふるまい始めている。私はためしに計算してみた。ヨーロッパ全体の資産を取り上げるならば、ヨーロッパ経済へのアメリカの投資額は、それの1%、すなわち100分の1、正確にはそれ以下であることがわかる。天秤が揺れている時、どちらか一方に傾けるには、小指のひと突きがあればよい。アメリカはこれまでのところ小指をひと突きして、もう主人顔でふるまっているのである。ヨーロッパは復興のための資金を欠いており、またすでに復興した部分に必要な運転資金も欠いている。ヨーロッパには何億ドルもの価値をもった建物や設備があるが、機械を動かすための1000万ドルがない。そこでアメリカ人がやってきて、1000万ドルを渡し、条件を課す。彼が主人であり、彼が命令を出すのである。

 私は、きわめて興味深い記事をある同志から受け取った。それは、現在アメリカが生み出している新しいセシル・ローズたちの一人が書いたものであり、われわれはその名前を覚えなければならない。それはさほど愉快ではないが、仕方がない。われわれはすでにドーズの名前を覚えた。ドーズには一文の価値もないが、全ヨーロッパにとって彼は一筋縄ではいかない。明日には、ディロンやマックス・ウィンクラーの名前を覚えることになるだろう。マックス・ウィンクラーは、なんと、「金融サービス会社」の副社長である(笑い)。地球上で盗みやすそうなものがあれば、それを分捕ってくる――これが金融サービスと呼ばれるものである(笑い、拍手)。マックス・ウィンクラーは、金融サービスについて、まったくもって詩の言葉で、時には聖書の言葉でさえ語る。今、それを諸君に読んできかせよう。

「われわれは、各国政府、地方自治体、民間会社に融資する仕事に従事してきた。アメリカの貨幣は日本が地震[関束大震災]から復興するのを助けたし、アメリカの資金はドイツ、オーストリア=ハンガリーの敗北を可能にし、これら諸国の復興にも非常に大きな役割を果たした」。

 まずはじめに破壊し、つづいて復興した、というわけである(笑い、拍手)。そして、合衆国はこの双方を通じて公正な利子を受け取った。日本の地震だけが、どうやらアメリカ資本の関与なしに起こったようである(笑い)。しかし、彼はさらに次のように言う。

「われわれはオランダの植民地やオーストラリアに、アルゼンチンの政府と都市、南アフリカの鉱業、チリの硝石業者、ブラジルのコーヒー園主、コロンビアのタバコ栽培業者と綿栽培業者に資金を貸している。またペルーの衛生事業、デンマークの銀行、スウェーデンの企業主、ノルウェーの水力発電所、フィンランドの銀行、チェコスロバキアの機械製作工場、ユーゴスラビアの鉄道、イタリアの公共事業、スペインの電話会社に資金を与えている」云々、云々。

 どうぞお好きなように。だがこの言葉は「ずしっと響いてくる」。それは、この時点でアメリカの銀行にあるまさにあの600億ドルの音で鳴り響いている。われわれは次の歴史的時期にもまだこのシンフォニーを聞くはめになるだろう。

 国際連盟が設立され、すべてのヨーロッパ諸国の平和主義者がそれぞれ自国の言葉で嘘をついていた戦後すぐの頃、イギリスの経済学者ジョージ・パイシュは、どうやら最も善意なる意図をもった人として、全人類の和解と復興のために国際連盟による借款を提案した。彼は、このすばらしい事業のために350億ドルが必要であると見積もり、合衆国が150億ドル、イギリスが50億ドル、他のすべての諸国が残りの150億ドルを出資するよう提案した。このすばらしい計画によると、合衆国が巨額の借款のほぼ半分を調達し、残りは多くの国で分けることになり、したがって合衆国は支配可能な持株数を握ることになっていた。この救済借款は実現しなかった。しかし、現在生じていることは、本質的にはこれと同じ計画をより現実に即して実現したものである。合衆国は、人類の支配を可能にする持株数を、一歩一歩着実に手中に収めつつある。大事業である。だが非常に危険な事業でもある。アメリカ人は遠からずこのことを納得するであろう…。

 

5、平和主義と混乱について

 だが話を続ける前に、若干の混乱を片づけておかなければならない。われわれが検討している世界的過程は非常に早い速度で展開し、非常に大きな規模で現われているので、それを理解し、把握し、自分のものにするには大いなる困難を強いられる。ブルジョア陣営およびプロレタリア陣営の国際的な新聞雑誌の中で、最近この問題をめぐる論議が盛んに行なわれていても、驚くにあたらない。ドイツでは、バルカン化されたヨーロッパに対する合衆国の役割を特別に論じた一連の本が出版されている。この問題をめぐって生じた国際論争の中には2年前に私が同じこの演壇から行なった報告に言及したものもある。アメリカのある労働雑誌が私の手もとにあるが、つい数日前に私は、アメリカとヨーロッパの関係に触れたちょうどそのペ−ジを開いた。そして、私の目は偶然にもアメリカの「配給制」に関する箇所にいった。自然と、それは私の興味をそそった。私はその記事を読んだのだが、同志諸君、非常に驚いたことに、私はこの記事から次のことを知った。いわく、

「トロツキーは、われわれが平和的な英米関係の時代に入ったという意見を持っている。英米関係の影響は(トロツキーの意見によれば)、世界資本主義の崩壊よりもむしろその強化に寄与するだろう」。

 まんざら悪くない、そうではないか? マクドナルド(12)も、これよりうまく言えまい。さらに、こう述べている。

「配給制にされたヨーロッパに関するトロツキーの古い理論」――お尋ねしますがなぜ古いのですか? わずか2年前のものなのに(笑い、拍手)――「配給制にされたヨーロッパに関する、アメリカの自治領となったヨーロッパに関するトロツキーの理論は、英米関係に対するこうした評価と結びついていた」――云々。(J・ラブストーン(13)、『ワーカーズ・マンスリー』1925年11月号)。

 この文章を読んだ時、私は非常に驚いてしばらく考えこんだほどである。私は、いつどこで、イギリスとアメリカが平和的関係の絆によって結ばれているとか、またその絆のおかげでこの関係がヨーロッパ資本主義を崩壊させるのではなく復活させるなどと言っただろうか。一般に、ピオニール[共産党の少年・少女組織]期を過ぎた共産党員が何かこれに似たことを言えば、あっさりと共産党の隊列から追放されねばならないだろう。ご親切にも私に帰しているこのたわごとを読んだ後で、私がこの点に関しまさにこの演壇から述べたことを読み返したとしても当然であろう。私が2年前に行なった講演を今から振り返ることにするが、それは、何らかのことについて書きたいと思うならば――英語で書こうとフランス語で書こうと、またヨーロッパで書こうとアメリカで書こうとそれはどちらでもいいのだが――自分が何について書いており、読者をどこに導こうとしているのかについて知っていなければならないと、ラブストーンやその同類に説明するためではない。こんな第二義的な目的のためなら、わざわざ過去を振り返ったりなどしない。そうではなく、当時の問題設定が過去においてだけではなく今日においても有効であるからである。

 というのは、事情は基本的に変化していないからである。そういうわけで、私は若干の引用文を読まなければならない。

 「アメリカ資本主義は何を望み、何を求めているのか」と、われわれは2年前に設問した。そしてこう答えた。

「アメリカ資本は安定を求めていると言われている。ヨーロッパ市場の再建を望み、ヨーロッパに支払い能力をつけさせたいと望んでいる、と。いかにして。どんな手段によって? そして、どの程度まで? ――それはアメリカ資本のヘゲモニーのもとにである。だがこれは何を意味するのか? それは、ヨーロッパを復興しはするが、あらかじめ設けられた限界内に、世界市場の限定された一定部分をヨーロッパに割り当てる、ということを意味する。アメリカ資本は、現在、外交官に命令を出し、指令を与えている。アメリカ資本はそれとまったく同じやリ方で、ヨーロッパの銀行やトラストに、全体としてのヨーロッパ・ブルジョアジーに指令を出す準備をしつつあり、またそうするつもりでいる」。

 2年前、われわれはこう言った。「アメリカ資本は(ベルサイユやワシントンで)外交官に命令を出しており、銀行やトラストに命令を出すつもりでいる」と。今日ではわれわれはこう言う。「アメリカ資本はすでに一連のヨーロッパ諸国の銀行やトラストに命令を出しており、その他のヨーロッパ資本主義諸国の銀行やトラストにも命令するつもりでいる」と。引用を続けよう。

「アメリカ資本は市場を分割し、ヨーロッパの金融業者や産業資本家の行動を規制するだろう。アメリカ資本は何を望んでいるかという質問に明確かつ具体的な答えを与えようとすれば次のように言わねばなるまい。アメリカ資本は資本主義ヨーロッパを配給制にしようと望んでいる、と」。

 私は、アメリカ帝国主義がヨーロッパを配給制にしていると言ったのではなく、そうするだろうとさえ言わなかった。配給制にすることを望んでいると言ったのである。これが、私が2年前に述べたことである。では、ラブストーンが私に帰している、イギリスとアメリカの「平和的協力」という思想についてはどうなのか? さらに速記録を読んでみよう。


  

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