アムステルダム反戦大会への声明

ボリシェヴィキ=レーニン主義者(共産主義インターナショナル国際左翼反対派)
トロツキー/訳 湯川順夫・西島栄

【解説】これは、1932年8月27〜29日にアムステルダムで開催された国際反戦大会に向けて書かれた国際左翼反対派の公式声明である。反対派はいちおう参加することはできたが、いかなる発言も許されず、対案を提出することもできなかった。

 トロツキーが起草したこの声明の中で、トロツキーは帝国主義戦争、平和主義、軍縮、国際連盟などに対する左翼反対派の原則立場を簡潔に述べているが、右翼日和見主義的・平和主義的な大会に対する左からの原則的批判という色彩があまりにも強く出ているため、いくつかの問題では行き過ぎた一般化を行なっているように思える。たとえば、軍縮のための闘争を全否定しているかのような下りが存在するが、これは、レーニン時代のソ連自身がトロツキーの支持のもとに、国際的な軍縮会議で軍縮提案のイニシアチブをとり、各国で軍縮のための闘争を展開した事実を無視するものである。1923年のフランス問題での討議の場で、トロツキー自身、軍縮のための闘争の意義を次のように述べている。

 「ジェノヴァでチチェーリンがすべてのブルジョア国家の代表者に向かって『われわれは軍縮に着手することを提案する』と宣言しているまさにちょうどその時に、ベルリンにいたラデックとフロッサールは、エセ平和主義者に向かって、『諸君は軍縮を支持するのか?』と問いただしていた。これらはすべてプロレタリアートの目の前で行なわれた。それは巨大な意義を持っている。……われわれは、社会党員に向かって、『諸君は軍縮を支持するのか? では諸君はそのために何を提案するのか? 諸君は軍縮のために積極的に活動する用意があるのか? われわれはそうするつもりである』という問題を突きつけることによって、平和主義者を暴露するのである。われわれはベルリンでこのように問題を立てることによって、社会主義陣営における平和主義者を暴露するのである」(トロツキー「フランス共産党の危機」、『トロツキー研究』第38号、94頁)。

 このようにトロツキーは、単に軍縮をペテンである欺瞞であると言うだけにとどまらず、共産主義者が軍縮のための真剣な闘争を展開することでむしろ、平和主義の裏切りを暴露することができるとしている。これは、第1次大戦中におけるトロツキーの「平和のための闘争」とも共通している。

 またこの声明にある「プロレタリアートと被抑圧民族の手中にある武器は、地球から抑圧と戦争を一掃する唯一の手段である」という一節は、多様な階級闘争の形態を武装闘争に矮小化しているという誤解を生みかねない。もちろん、トロツキーの本来の立場は、唯武器史観とはまったく無縁である。その他の点でも、この声明は総じて、トロツキーの真骨頂である「過渡的要求の弁証法」(大衆自身の現在の意識を考慮したうえで切実な直接的利益のための闘争を通じて革命的展望を切り開く)という見地が弱く、左翼主義的・武装闘争主義的傾向が強いように思われる。

 本稿の初訳は『トロツキー著作集 1932』上(つげ書房新社)であるが、今回アップするにあたって『反対派ブレティン』所収のロシア語原文に沿って点検修正してある。

Л.Троцкий, Заявление большевиков-ленинцев (международной левой оппозиции Коммунистического Интернационала) конгрессу против войны в Амстердаме, Бюллетень Оппозиции, No.29/30, 1932.

Translated by the Trotsky Institute of Japan


 新しい世界大戦の脅威がますますはっきりとしたものになりつつある。この脅威の原因はマルクス主義によって反論の余地なく明らかにされている。

 人類の生産力は、すでに久しい以前から、私的所有の限界と民族国家の境界線を越えて成長している。人類の救済は、国際分業にもとづいた社会主義経済のうちにある。保守的指導部に影響されてプロレタリアートは、時機を失せずその革命的任務を遂行することができなかった。1914〜18年の世界大戦はその報いだった。平和的発展の民主主義的支持者たち、革命的方法の反対者たちには、帝国主義戦争で殺され傷ついた数千万人の人々に対する直接の責任がある。

 その後の15年の歳月は、帝国主義世界が何も学ばず何も忘れなかったことを示した。その内的諸矛盾はさらにいっそう先鋭化している。現在の危機は、進行する壊疽の明白な兆候とともに、資本主義的文明の社会的解体を示すおそるべき光景を暴露している。人類の救済は、プロレタリア革命という外科的介入によってのみ可能である。

 支配階級は出口のない輪の中を苦悶しながらぐるぐる回っている。財政的困難と人民大衆に対する恐怖から、彼らは軍縮に救いを求めざるをえない。その一方で、支配者たちは関税障壁をさらに引き上げ、輸入制限を強化することによって、世界市場をいっそう収縮させ、危機を深化させ、民族対立を先鋭化させ、新しい戦争を準備している。改良主義諸党は、これまでと同様、社会主義に向けた革命的活路に反対することによって、またしても、悲惨な危機に対する責任のみならず、新しい戦争の高まる脅威に対する重大な責任をも負っている。

 生産力と民族国家の境界とのあいだの矛盾は、資本主義の古い発祥の地、つまりヨーロッパにおいて最も先鋭で最も耐えがたい形態をとっている。入り組んだ国境線と関税障壁の迷路、膨れあがった軍備、途方もない国家債務をともなったベルサイユ後のヨーロッパは、戦争の脅威の絶え間ない源泉である。ヨーロッパから血の気を失わせ同地をバルカン化したブルジョアジーには、今やヨーロッパを統合することはできない。そのためには、他の手段と他の勢力が必要である。

 ブルジョアジーの手から権力が奪取された国は、旧帝政ロシアだけである。革命的指導部のおかげでロシアの若いプロレタリアートは、プロレタリア独裁と計画経済のシステムにどれほど無尽蔵の可能性が含まれているかを、世界史上はじめて実地に示すことができた。ヨーロッパの最も後進的な国が労働者と農民の国になり、経済および文化上の巨大な成果を獲得したことは、全人類にとってどこに真の救いの道があるかを指し示している。

 現在われわれは、ソヴィエト政府がその第2次5ヵ年計画を先進資本主義諸国との経済協力の大規模な計画によって補完することを望んでいる。そのような協力は、恐慌と失業の重みに苦しんでいる大衆に対して人類の可能性の壮大な展望を切り開くだろう。このような計画から直接生じる実際の結果がいかなるものであれ、その社会主義的教育力は不可避的に何百、何千万もの労働者に及ぶだろう。

 今日のソヴィエト国家の社会体制は、もちろんのこと、いまだ社会主義から非常に遠いところにある。しかし、測りしれないほど重要なことは、ソヴィエトが社会主義に足を踏み出したという事実のうちにある。先進資本主義諸国のプロレタリアートがブルジョアジーの手から権力を奪取し、新しい社会(それは国際的基盤にもとづいてのみ実現できる)の確固とした前提条件をつくりだすのが早ければ早いほど、それだけより確実かつ急速にソ連は社会主義へと移行するだろう。

 世界大戦の脅威は、最初の労働者国家の存在そのものに対する脅威である。戦争が勃発するさいのきっかけが何であれ、あるいはそれがどの国と国のあいだで最初に勃発するのであれ、その発展過程の中で、ソ連邦が標的となることは不可避である。ヨーロッパと世界のブルジョアジーは、若き労働者国家の動脈から死の苦悶にあえぐ帝国主義の動脈へと輸血を試みることなしに、舞台から退くことはないだろう。

 まさにこの1年間は、戦争の炎が極東と近西から同時にソ連邦の国境を脅かしていることを示した。中国の独立を蹂躙した日本は同時に、ソヴィエトへの出撃拠点として満州に要塞を築いている。アメリカ合衆国との対立も東京の軍国主義者たちを立ち止まらせることはできない。なぜなら彼らは、ソヴィエトとの将来の戦争において、自分たちが世界帝国主義の前衛となることをあらかじめ想定しているからである。

 他方、ヒトラーの命令によってヒンデンブルクが決行したクーデターは、ドイツにおけるファシスト体制への道を掃き清めただけでなく、ファシスト・ドイツとソヴィエト連邦との生死を賭けた闘争の可能性を切り開いた。途方もない大事件がヨーロッパと全世界の前方に控えている。

 このような条件のもとでは、反戦闘争は、大戦後に成長した何千万の労働者農民の若い世代の生命を救い、労働と思想のすべての成果を救い、最初の労働者国家と人類の未来全体を救うための闘争である。

 しかし、任務が巨大になればなるほど、ますますその解決方法を明確にする必要性もまた大きくなる。戦争を非難するのは容易だが、それを克服するのは困難である。反戦闘争は、社会を支配しその手中にすべての生産力と破壊手段を集中している階級に対する闘争である。集会や決議や道徳的な憤激、新聞の論説、大会などによっては戦争を阻止することはできない。ブルジョアジーが銀行や工場、土地、新聞、国家機関を支配下におさめているかぎり、彼らは、自らの利益が要求するときはいつでも、人々を戦争に駆り立てることができる。戦争を阻止するためには、ブルジョアジーから権力を取り上げなければならない。しかし、有産階級が闘争なしに権力を譲り渡すことなどはありえない。ドイツを見よ。有産階級の根本的な利益が脅かされれば、民主主義は公然たる暴力に道を譲る。ブルジョアジーの打倒は武装した手によってのみ可能である。このことは、帝国主義戦争に対置しうるのはただ内乱だけだということを意味する。

 われわれボリシェヴィキ=レーニン主義者は、防衛戦争と攻撃戦争との区別を断固として拒否し、その欺瞞を暴露する。資本主義諸国間の武装闘争においては、このような区別は人民を欺くための外交的見せかけである。実際には、日本が上海を侵略し、フランスがシリアやモロッコを侵略するときでさえ、資本主義の略奪者どもはつねに「防衛」戦争を行なっているのである。革命的プロレタリアートは、ただ抑圧戦争と解放戦争とだけを区別する。戦争の性格は、われわれにとって、外交的偽造によってではなく、どの階級がいかなる客観的な目的のために遂行しているのかによって決まる。帝国主義国家の戦争は、その外見上の口実や政治的レトリックとは無関係に、抑圧的で反動的で反人民的である。解放的性格を持ちうるのは、プロレタリアートの戦争と被抑圧民族の戦争だけである。抑圧者に対するプロレタリアートの武装蜂起は、その勝利ののち、この勝利の強化と拡大をめざすプロレタリア国家の革命戦争へと不可避的に転化する。社会主義の政策は、純粋に「防衛的」性格を持たないし、持ちえない。社会主義の課題は、世界を獲得することである。

 あらゆる形態の平和主義、つまり純帝国主義的な平和主義(ケロッグ(1)、ブリアン(2)、エリオ(3)、その他)と小ブルジョア平和主義(ロラン(4)やバルビュス(5)、そして世界各地のその支持者たち)に対するわれわれの立場は、以上のことから引き出される。平和主義の本質は、偽善的にせよ心の底からであれ、暴力一般を非難することである。それは、被抑圧者の意志を弱めることによって、抑圧者の大義に奉仕する。観念論的な平和主義は、戦争に道義的憤激を対置する。それはちょうど、肉屋のナイフに羊の憐れな鳴き声を対置するようなものである。しかし、必要なのは、ブルジョアジーのナイフにプロレタリアートのナイフを対置することである。

 最も影響力のある平和主義勢力は社会民主党である。平時には、それは戦争反対の安っぽい長広舌を惜しまない。しかしそれは「祖国防衛」の基盤に立ったままである。これが決定的な問題である。どのようにして始まろうと、戦争は必ず各々の合い闘う祖国を脅かす。帝国主義者はあらかじめ知っている、社会民主党の平和主義が大砲の最初の轟音とともに、戦争への奉仕に転化し、帝国主義の最も重要な予備軍となることを。まさにそれゆえ、平和主義と最も非妥協的に闘って、その裏切りの本質を暴露することが、戦争に対する革命的闘争の最初の一歩となるのである。

 帝国主義的平和主義の拠点である国際連盟は、資本主義諸国の一時的な歴史的集合体である。そこでは、より強い国がより弱い国を支配・買収し、アメリカの前に這いつくばったりそれに抵抗したりしているが、すべての国が一致してソヴィエト連邦の敵であり、それと同時に、その中の最も強大で貪欲な国のありとあらゆる犯罪を覆い隠そうとする。国際連盟を、直接ないし間接の、現在ないし未来の、平和の機関と説明することができるのは、まったく絶望的な政治的愚か者か、意識的に人民の良心を毒しようとする連中だけである。

 いわゆる「軍縮」の問題は、戦争の防止とは何の関係もないし、ありえない。「軍縮」計画は、平時においてあれこれの軍備の費用削減の試み――もっとも今のところたんなる紙の上のものにすぎないが――を意味するにすぎない。それは何よりも、軍事技術と帝国主義の財政の問題にすぎない。武器庫、軍需工場、研究所、そして最後に――これが最も重要なのだが――資本主義工業の全体が、あらゆる「軍縮計画」においてもその力のすべてを保持する。しかし、人々は武器があるから戦争をするわけではない。逆である。彼らは戦争をする必要があるときに武器を鍛える。戦争にさいしては、平和時のすべての制約は塵あくたのように崩れ去る。すでに1914〜1918年の時期に、各国は平和時に蓄えていた武器で戦争をしたわけではない。戦時中に生産した武器で戦ったのだ。決定的なのは武器の既存の蓄えではなく、国の生産力である。アメリカ合衆国にとって、平和時にヨーロッパの軍備を削減することは好都合であるが、それは、アメリカ工業の優位性がそのことによって戦時においていっそう決定的なものとなるからである。ドイツのブルジョアジーはフランスの軍備を制限しようとするが、それは、新たな流血の衝突が生じた場合のスタート地点をそれによって均等化するためである。ドイツにとって全般的「軍縮」は、イタリアにとってフランスとの海軍力の均衡が持つのと同じ意味を有している。こうした計画が実際にどのような形態をとるかは、帝国主義諸勢力の組み合わせ、それぞれの国の財政状態、国際収支、その他によって決まる。「軍縮」の問題は、新しい戦争が準備されつつある帝国主義的舞台における梃子の一つなのである。

 機関銃や戦車や戦闘機について、防衛的なものと攻撃的なものを区別する試みはまったくのいかさまである。この分野におけるアメリカの計画もまた、世界で最もおそるべきアメリカ軍国主義の特殊利益によって支配されている。戦争は決められたルールにしたがって行なわれるゲームではない。戦争は敵を最も首尾よく殺戮することのできるあらゆる兵器を要求し、それを生産する。小ブルジョア平和主義は、10パーセント、33パーセント、あるいは50パーセントの軍縮提案を戦争防止の「最初の一歩」と考えるが、これはあらゆる爆発物や窒息性ガスよりも危険である。メリナイト[強力な爆薬の一種]やイペリット[びらん性の毒ガス]が効力を発揮するのは、人民大衆が平和主義の毒気に犯されているときだけだからである。

 軍縮や軍備制限などの資本主義的計画に対していささかの信頼も醸成することなく、革命的プロレタリアートはただ一つ、次のような問いを立てなければならない。武器は誰の手にあるのか、と。帝国主義者の手中にある武器はすべて、勤労階級に対して、弱小民族に対して、社会主義に対して、人類に対して向けられる武器である。その反対に、プロレタリアートと被抑圧民族の手中にある武器は、地球から抑圧と戦争を一掃する唯一の手段である。

 すべての諸民族――すなわち人類の中で自らを被抑圧民族だと感じ独立をめざしているあらゆる諸部分――の民族自決権のための闘争は、戦争に反対する闘争の最も重要な構成部分である。植民地と委任統治のシステム――イギリス資本のインド支配、日本による朝鮮と満州の侵略、インドシナやアフリカにおけるフランスの植民地支配――を直接ないし間接に支持する者、植民地的隷属に反対して闘わない者、独立を求める被抑圧諸民族の蜂起を支持して闘わない者、ガンディー主義を、つまり武力によってのみ解決が可能な問題に対して受動的抵抗の政策を擁護し理想化する者は、その意図にかかわりなく、帝国主義者の、奴隷所有者の、軍国主義者の奉仕者、擁護者、代理人であり、彼らが新旧の目的のために新たな戦争を準備するのを助けているのである。

 戦争に反対する主要な勢力はプロレタリアートである。その模範をつうじて、またその指導に従ってのみ、農民やその他の平民層は戦争反対に立ち上がることができる。プロレタリアートの中では、2つの政党が影響力をめぐって争っている。共産党と社会民主党である。中間的諸グループ(ドイツの社会主義労働者党(SAP)、フランスのプロレタリア統一党(PUP)(6)、イギリスの独立労働党(ILP)など)は独立した歴史的役割を果たすことができない。プロレタリア革命の問題の裏面でもある戦争の問題においてこそ、共産主義と社会愛国主義との非和解的な対立は最も先鋭な水準に達する。

 あらゆる綱領、あらゆる政党、あらゆる旗を、平和主義の名のもとに、つまり戦争に反対する言葉だけの闘争もどきの名のもとにひとまとめにしようとする者は、帝国主義のために最大の奉仕をすることになる。共産党は、他のすべての問題に負けず劣らず、戦争の問題についても改良主義の解体的・意気阻喪的な影響から労働者大衆を引き離すべく努力しなければならない。

 バルビュス、ゴーリキー、その他の反戦大会組織者たちの雑誌『ル・モンド』は、コミンテルンと第2インターナショナルとの合同を求めるアジテーションを系統的に行なっている。戦争反対の闘争に関してバルビュスはレーニンとヴァンデルヴェルデ(7)を同時に持ち出している。これは、レーニンを偽造しヴァンデルヴェルデを復権するのに役立つだけである。われわれは、バルビュスとその同調者の政策を拒否し、それを最も危険な政治的害毒であるとして断罪する。無原則で優柔不断な平和主義者たちに大会招集の公式のイニシアチブを委ねたことは、コミンテルンとプロフィンテルンの重大な誤りである、とわれわれは考える。

 われわれは、ソ連邦が国際連盟に入らなかったことは、実践的にも原則的にもまったく正しかったと考える。それだけになおさら、われわれはソ連邦がケロッグ条約に承認を与えたことを遺憾とする。この条約は、アメリカの利益にかなう戦争のみを「合法化」することを目的とした完全なペテンである。

 われわれはまた、アメリカ帝国主義の政策、とくに軍縮問題に関するそのイニシアチブを美化するソ連邦外交の傾向は誤っていると考える。われわれは、ソ連邦がアメリカ合衆国としかるべき経済的・外交的関係を確立することの重要性を全面的に認める。しかしこの目的は、あらゆる帝国主義の中で最も強力で最も獰猛なアメリカ帝国主義のマヌーバーに言葉の上で追従することによっては実現されえない。われわれは、戦争の脅威とそれに対する闘争についてソヴィエト外交が明確かつ公然と問題を立てることを望んでいる。声を振り絞って人民に警告を与えることが必要だ! ソヴィエト外交が、この火急の問題において帝国主義者のマヌーバーに自らを適応させることが少なければ少ないほど、そして大胆に自らの独立した声を上げれば上げるほど、それだけ全世界の勤労大衆はこれに熱心に呼応し、よりいっそう緊密にソヴィエト連邦の周囲に結集し、迫りくる脅威からよりいっそう確実にソ連邦を守ることだろう!

 同時にわれわれは、ここで次のように公言しておくことが自らの義務であると考える。迫りくる恐るべき脅威を前にして、今やついに、革命と共産主義に対してスターリニスト官僚によってなされたあからさまな犯罪行為を是正しなければならない。何千人というボリシェヴィキ=レーニン主義者、10月革命の組織者、赤軍の建設者、内戦の参加者、不屈の革命戦士を監獄と流刑地から解放しなければならない。これらの闘士たちは、プロレタリア独裁と国際革命のために、帝国主義戦争に反対して、サロン的平和主義者や多くのソヴィエト官僚とは比較にならない巨大なエネルギーを注いで闘うことを望んでおり、また闘うだろう!

※  ※  ※

 反戦闘争における統一戦線の政策は、特別の警戒心と革命的一貫性を必要とする。共産党は、他のすべての労働者組織が戦争の脅威に反対する闘争の中でその力を合わせるよう、あやしげな仲介者を通さずに公然と呼びかけることができるし、そうすべきである。ボリシェヴィキ=レーニン主義者は独自に次のような提案を行なう。この提案にもとづくなら、各党組織とその旗の完全な独立性を前提とした戦闘的協定が可能となる。

 1、国際連盟に対する期待やその他のあらゆる平和主義的幻想を暴露すること。

 2、人民をだますことを意図した資本主義的な「軍縮」計画を暴露すること。

 3、予算と軍事動員において資本家政府に対する信任を拒否すること――1人たりとも、1セントたりともノー。

 4、「祖国防衛」の嘘を暴露すること。なぜなら資本主義祖国はより弱い祖国を抑圧し略奪することによって自国を防衛するからである。

 5、大規模な計画にもとづいたソ連との経済協力のためのカンパニアを展開すること。この計画の作成と実行には、労働者階級の大衆組織が参加しなければならない。

 6、最初の、そして唯一の労働者国家に対する帝国主義の陰謀を持続的かつ系統的に暴露すること。

 7、軍需工場で、兵士と水兵のあいだで戦争反対のアジテーションを行なうこと。軍需産業と陸海軍において革命的基盤を建設すること。

 8、社会主義の祖国を断固として防衛するという精神にもとづくだけでなく、他の諸国におけるプロレタリア革命と被抑圧民族の蜂起に軍事的支援の手をさしのべるという精神にももとづいて、赤軍を教育すること。

 9、最初のプロレタリア国家に対する最大級の献身の精神にもとづいて全世界の勤労大衆を系統的に教育すること。現在の支配分派の政策の明白な誤りにもかかわらず、ソ連邦は国際プロレタリアートの真の祖国でありつづけている。その防衛は、すべての誠実な労働者の不動の義務である。

 10、社会主義社会は国際的な規模でのみ構築することが可能であり、プロレタリア世界革命の発展こそがソ連邦に対する真の援助であることを、全世界の労働者に倦まずたゆまず説明すること。

 11、ヨーロッパ合衆国のために! 世界社会主義連邦のために! 共産主義と人類の偉大な世界のために!

ロシア左翼反対派(ボリシェヴィキ=レーニン主義者)在外代表者

ドイツ共産党左翼反対派(ボリシェヴィキ=レーニン主義者)

ベルギー左翼反対派(ボリシェヴィキ=レーニン主義者)

スペイン共産主義左翼

フランス共産主義者連盟

アメリカ共産主義者連盟

ベルギー共産主義的反対派

ブルガリア左翼反対派

イタリア左翼反対派(NOI)

チェコスロヴァキア左翼反対派

イギリス共産党左翼反対派グループ

スイス左翼反対派グループ

1932年7月25日

『反対派ブレティン』第29/30号

『トロツキー著作集 1932』上(つげ書房新社)より

  訳注

(1)ケロッグ、フランク(1856-1937)……アメリカのブルジョア政治家。1925〜29年のアメリカの国務長官。国家政策の手段としての戦争を放棄する条約であるケロッグ条約を起草。この条約は1928年に15ヶ国によって署名され、後にソ連邦を含む63ヶ国によって批准された。

(2)ブリアン、アリスティッド(1862〜1932)……フランスのブルジョア政治家、弁護士。もともとフランス社会党の活動家で、1901年に社会党の書記長。1902年に下院議員。1904年に『ユマニテ』創刊に協力。1906年に文相。統一社会党から独立社会党に移る。しだいに保守化し、1910年の鉄道労働者のゼネストを弾圧。第1次大戦後、首相を10回、外相を11回つとめ、平和外交路線を推進。

(3)エリオ、エドゥアール(1872〜1957)……フランス急進党の指導者。1916年から無任所大臣。1924〜25年に首相。1936〜1940年、下院議長。

(4)ロラン、ロマン(1866-1944)……フランスの作家で劇作家。第1次世界大戦では平和主義者。1916年にノーベル文学賞を受賞。晩年には、スターリニストの文学大会や宣言に名前を貸した。

(5)バルビュス、アンリ(1873-1935)……フランスの詩人・作家。人道主義的立場からしだいに社会主義的立場に移行し、共産党に入党。雑誌『クラルテ』を創刊。1930年代にはスターリニズムの主要な文学的弁護者となった。1935年に訪ソ中に死去。

(6)プロレタリア統一党(PUP)……フランスの中間主義左翼政党で、除名された元フランス共産党員や社会党員によって構成される。

(7)ヴァンデルヴェルデ、エミール(1866-1938)……ベルギー労働党と第2インターナショナルの指導者。1894年、下院議員。1900年に第2インターナショナルの議長。第1次大戦中は社会排外主義者。戦時内閣に入閣した最初の社会主義者の一人であり、国務相、食糧相、陸相などを歴任。ベルサイユ条約の署名者のひとり。1925〜27年に外相としてロカルノ条約締結に尽力。


  

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