『危機に立つソヴィエト経済』外国語版序文

トロツキー/訳 湯川順夫・西島栄

【解説】これは、5ヵ年計画を総合的に批判したトロツキーの有名な論文「危機に立つソヴィエト経済」を各国語に翻訳してパンフとして出版した際の序文である。

 なお本稿は、英語版から湯川氏が最初に訳し、その訳文を西島が『反対派ブレティン』のロシア語原文にもとづいて入念にチェックし、修正を施したものである。

Л.Троцкий, Предсловие к иностранным изданиям“Советское хозяйство в опасности!”, Бюллетень Оппозиции, No.32, Декабрь 1932.

Translated by the Trotsky Institute of Japan


 5ヵ年計画の最初の2年間の成功は、全世界のブルジョアジーに対して、プロレタリア革命が、当初彼らが考えていたたものよりもはるかに真剣な事業であることを立証した。ソ連邦の「実験」に対する関心はたちまちのうちに高まった。さまざまな国における多数の有力ブルジョア出版物が比較的客観的な経済情報を発表し始めた。

 しかしその間、コミンテルンの新聞・雑誌が、ソ連のメディアの最も楽観的な見通しを取り上げ、扇動目的でそうした見通しをひどく誇張し、経済的伝説に変えてしまった。

 10月革命のような複雑な事実については自分の意見をけっして急いで持とうとはしなかった小ブルジョア民主主義者たちは、自分たちの遅ればせの共感の支えとなるものを5ヵ年計画の統計の中に見出すことができることを喜んだ。寛大にも、彼らは、ソ連邦の文化的・経済的成果の褒美としてついにソ連邦を「承認」したのである。道徳的ヒロイズムのこの行為は、彼らの多くに対し、割引代金で興味深い旅行を行なう機会を提供した。

 たしかに、ウォールストリートやシティの要求を支持するよりも最初の労働者国家の社会主義建設を擁護する方がはるかに価値がある。しかし、軍国主義に対するアムステルダム大会の反感と同様、ソヴィエト国家に対するこれら紳士諸君の生ぬるい共感も、何らあてにすることはできない。

 ウェッブ夫妻のようなタイプの人々(2人はこうした連中の中で最悪というわけではない)は、当然にも、ソヴィエト経済の矛盾に直面して頭を抱えることもない。こうした人々は、いかなる義務も引き受けることなく、主として、自国の支配層を恥じ入らせるか励ますかするために、ソヴィエトの成果を利用しようとしているのである。外国の革命は、こうした連中にとっては、自分たちの改良主義のための補助的な武器として役立っているのである。この目的のために、また己れの心の平静のために、「ソ連邦の友」たちは、共産主義インターナショナルの官僚たちと同じく、単純で均質的で、できるだけ慰めとなるような、ソ連の成功したイメージを必要としている。このイメージを傷つける者は誰であれ、敵であり、反革命派である。

 この2年間、すなわち、ソヴィエト経済の矛盾と不均衡がすでにソヴィエトの公式新聞の記事にも垣間見られるようになった時期に、過渡期の体制を理想化しようとする俗悪で有害な試みが、共産主義インターナショナルの機関紙の中でとりわけ強化された。

 伝説と虚構にもとづく共感ほどあてにならないものはない。自分たちの共感のために作り話を必要とするような人々は信頼に値しない。間近に迫りつつあるソヴィエト経済の恐慌は――それは不可避的でしかも近い将来に起きるであろう――、甘ったるい伝説を粉砕し、間違いなく、多くの安っぽい友人たちを、無関心の道へと――場合によっては敵意の道へと――追いやるだろう。

 それよりもはるかに深刻で危険なのは、ソヴィエトの恐慌が、それに対する準備のまったくできていないヨーロッパの労働者、とりわけ共産党員を捉え、こうした労働者に、ソ連邦と社会主義にとってまったく有害な社会民主主義的批判を受入れさせることになってしまうことである。

 他のすべての問題と同様に、この問題においても、プロレタリア革命は真実のみを必要とする。この短い小冊子の中で、われわれは、ソヴィエト経済の諸矛盾、多くの成果に見られる不十分さと不安定さ、指導部の深刻な誤り、社会主義への途上に横たわる危険性を、できるだけ先鋭に提起する必要があると考えた。バラ色や牧歌的な水色の水彩絵の具を惜しみなく使うのはプチブルジョア的「ソヴィエトの友」にまかせておこう。われわれは、敵が突破してくる恐れのある弱点や無防備な地点に太い黒線で印を付ける方が正当であるとみなす。われわれがソヴィエト連邦に敵対しているというわめき声は、あまりにもナンセンスなので、自分で解毒剤を服用しなければならいほどである。ごく近い将来にわれわれの正しさが新たに確認されるだろう。左翼反対派は労働者に対し、危険を予見することを教え、それが到来したときに茫然自失に陥らないよう教える。

 プロレタリア革命があらゆる快適さと終身保証をそなえたときに初めてそれを受け入れるような者は、われわれと道を同じくすることはできない。われわれはありのままの労働者国家を受け入れ、「これがわれわれの国家だ」と語る。それがいかに後進性を引き継いでいようと、それがいかに物資不足と行列をともなっていようと、そして官僚的誤りや、嫌悪すべき現象さえ見られようとも、全世界の労働者は、この国家に内包されている自らの将来の社会主義祖国を全力を尽くして防衛しなければならない。

 われわれは何よりも、労働者にこの国家についての真実を語り、それによって、よりよき将来への道を切り開くすべを教えているという点で、ソヴィエト共和国に貢献しているのである。

1932年10月22日

『反対派ブレティン』第32号

『トロツキー著作集 1932』下(柘植書房新社)より


  

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