ヒトラーと赤軍

トロツキー/訳 湯川順夫・西島栄

【解説】本稿は、「ドイツとソ連邦」と同じく、ヒトラーが権力を掌握した場合にはただちにソヴィエト政府は赤軍を動員するべきであるとした1年半前の論文「国際情勢の鍵はドイツにある」の立場を正式に修正したものである。

 今回アップしたのは、『トロツキー著作集 1932-33』下(柘植書房)に訳出のものを、『反対派ブレティン』所収のロシア語原文にもとづいて修正したものである。

Л.Троцкий, Гитлер и красная армия, Бюллетень Оппозиции, No.34, Май 1933.

Translated by the Trotsky Institute of Japan


 アメリカはヨーロッパの資本主義を大規模な形で新大陸に再現したが、ヨーロッパの社会主義については取るに足りない規模でしか再現しなかった。アメリカの社会民主主義は一貫してヨーロッパ社会民主主義の戯画であった。この「不均等発展の法則」は、これまでのところスターリニズムに関しても有効性を保ちつづけている。アメリカ共産党はヨーロッパのどの共産党よりも弱体なのに、アメリカのスターリニスト官僚はあらゆる誤りとジグザグを途方もなく誇張した形で繰り返している。

 1年半前、スターリニストは、日本がソヴィエト連邦を攻撃するのは時問の問題だと考えていた。そして、ブルジョア新聞からの受け売りにすぎないこの「予測」の上に自らの全政策を打ち立てようとした。われわれは反対に、日本が満州の併合を終えないかぎり、日本による攻撃の危険性はまったくありえないと断言した。アメリカのスターリニストはそれを理由に、われわれが日本の参謀本部に奉仕していると非難した。一般に、これらの紳士諸君は下水やどぶの中から自分たちの議論を汲みとる。

 われわれはさらにドイツでファシストが勝利する危険性――世界革命にとっての、そしてとりわけソヴィエト連邦にとっての危険性――は、日本による侵略の危険性よりもはるかに現実的で切迫したものだ、と宣言した。ヨーロッパのスターリニストは、われわれが「パニック」に陥っていると叫んだ。アメリカのスターリニストは、もっとぶしつけにこう主張した。われわれがソヴィエト連邦が東方より差し迫っている危険性から世界プロレタリアートの関心を意識的に遠ざけようとしているのだと。そして事実による検証が行なわれた。この1年半というもの、「差し迫っていた」はずの日本の侵略は起こらなかった(もちろん、このことは日本による侵略の危険性が一般に存在しないということを意味しない)。その間に、ヒトラーは権力を掌握し、スターリニズムの虚偽と欺瞞によって弱体化していたドイツ共産党を、すなわちソ連の最も重要な同盟者を一撃で粉砕した。

 1年半前、われわれは、赤軍がその主要部分を西方に向けるべきだ、と書いた(1)。ファシズムがドイツ・プロレタリアートを壊滅させてヨーロッパおよび世界の帝国主義と手を組まないうちに、ファシズムを粉砕する可能性を手にするために、である。これに応えて、アメリカのスターリニスト、最も愚かで恥知らずな彼らは、われわれがソ連を戦争に引きずり込み、その経済建設を台無しにし、帝国主義の勝利を保証しようとしていると吹聴した。ある寓話作者がとっくの昔に言っているように、無知な友人ほど怖いものはない。日本からの直接的な危険などなかったしありえなかったにもかかわらず、日本との軍事行動を呼びかけることは、ファシズムの現実の危険性から目をそらすことを意味した。言うまでもなく、スターリニストがそうしたのは、ヒトラーの勝利を望んだからではなく、その小ブルジョア的無能さのゆえであった。しかし、彼らのことも正当に評価してやらねばならない。たとえ彼らがヒトラーの勝利を願っていたとしても、彼らは、自分が実際にやった以上のことはできなかったろう。ヒトラーが権力を掌握した現在、そしてヒトラーの全政策が東方攻撃に向けてドイツを準備させている現在(ゲーリング(2)のポーランド・ウクライナ綱領の発覚はこのことを雄弁に物語っている!)、スターリニストは、赤軍の力に訴えようとする者は誰であれ社会主義建設を破壊する者だと言っている。しかし、ドイツ・プロレタリアートに対する援助の問題はさておくとしても、それでもやはり世界帝国主義の突撃隊であるドイツ・ファシズムから社会主義建設を防衛する問題が残っている。スターリニストはこの危険を否定するのか? 彼らに言えることはせいぜい、現在のヒトラーにはまだ戦争を引き起こす力がないということだ。だが、明日にはヒトラーはその力を持つようになるし、戦争しないわけにはいかなくなるだろう。としたら、ヒトラーの攻撃準備を防ぐ、すなわち、ヒトラーがドイツ労働者を壊滅させるよりも前に労働者がヒトラーを壊滅させるのを助けるのがソヴィエト政府の正しい戦賂ではないのか? マルクス主義者はしばしば議会主義的クレティン病を馬鹿にするが、ある状況のもとでは、コルホーズ・クレティン病もそれよりましなわけではない。1918年以来の最大の脅威が西方から迫っている時に、それに背を向けて小麦の種をまいたりキャベツを植えたりすることはできない。この脅威は、もし手遅れにならないうちに取り除かないならば、致命的な危険性になりかねないものである。

 あるいは、もしかしたらスターリニストは「純粋に防衛的な」戦争だけが許されるという平和主義者の知恵をまねるのだろうか? ヒトラーにまずわが国を攻撃させよう。それから、われわれも自分の身を守ろう。これはドイツ社会民主党のいつもの論法だ。国家社会主義党にまず公然と憲法を攻撃させよう。それから…云々、というわけだ。ところがヒトラーが公然と憲法を攻撃した時に、防衛について考えているようでは、すでに手遅れなのである。

 敵がまだ弱いうちに相手を圧倒してしまおうとしない者、敵が自らを強化、拡大し、自分の後方を固め、軍隊をつくりあげ、国外からの援助をうけ、同盟者を確保するのを受動的に見ている者、敵に完全な主導権を与える者、こういう連中は裏切り者である。たとえ、その動機が帝国主義に奉仕することではでなく、小ブルジョア的臆病さと政治的盲目さによるものだとしてもである。

 こういう状況のもと待機と逃避の政策を「正当化」するのは、こちら側の弱さだけである。これは非常にまじめな論拠であるが、これについての明確な説明が与えられなければならない。ソ連におけるスターリニストの政策が、経済をぐらぐらにし、プロレタリアートと農民との相互関係を破壊し、党をはなはだしく弱体化させたために、今日では積極的な国際政策のために必要な前提条件が存在していない、と。

 われわれはこの論拠を考慮に入れる。誤った政策の結果が客観的障害物に転化することをわれわれは知っている。われわれはこの障害を考慮に入れる。われわれは冒険を呼びかけはしない。われわれの結論はこうである。労働者国家にその真の防衛能力と国際的なイニシアチブの自由を保証するためにも、その政策、党内体制、党指導部を根本的に変えることが必要である、と。

1933年3月21日

『反対派ブレティン』第34号

『トロツキー著作集 1932-33』下(柘植書房)より

  訳注

(1)『反対派ブレティン』第25/26号に掲載された論文「国際情勢の鍵はドイツにある」のこと。

(2)ゲーリング、ヘルマン・ヴィルヘルム(1893-1946)……ナチスの幹部。ヒトラーの片腕。SA(ナチス突撃隊)の組織者。ナチス政権下でプロイセン内相として、国会放火事件をでっち上げて共産党を弾圧。その後プロイセン首相に。戦後、ニュルンベルク裁判で死刑を宣告されるが、処刑される直前に自殺した。


  

トロツキー・インターネット・アルヒーフ 日本語トップページ 1930年代前期
日本語文献の英語ページ
マルキスト・インターネット・アルヒーフの非英語ページ
マルキスト・インターネット・アルヒーフ